風の中の塵と消える

The answer is not anywhere, even in the wind.

モエツキタ

村の体育館で敬老会があった。

前日、当日とそのお手伝いだった。

足を痛めたので、不参加

と思っていたのだが、

そうもいかないだろうと、

なんとか頑張った。

最後までできるとは思っていなかったが、

なんとかやりきった。

これでもうこんな目には

遭わないで済む

と思うと、今日はもう何もやる気がしない。

このまま朽ち果てていくのかもしれない。

今日も仕事は入らなかったが、

この先のことなど考える気にもならない。

あんまり迷惑にならないよう、

長生きしないようにしないと。

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あさ

からだじゅうが痛い。

引退したプロレスラーが

どんなふうに毎日過ごしているか

わかるような気がする。

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ヤマバ

今日、明日が

もしかしたら

人生最大の山場かもしれんなぁ。

普通の人なら

どうっちゅうことないことやけど、

それができない人間になってもうたんや。

情のうて生きてんのが嫌になるわ。

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コンシュウハ

先週は倒れそうなぐらい忙しかったけど、

今週はパッとしない。

とうとう来る時が来たんじゃないだろうか?

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きずあと

事情を聞いて驚いた。

驚いたというよりも、人の人生の複雑さに恐さを覚えた。

 

宗教的なご職業で、外から見れば幸せこの上ないご家庭の

高齢のご婦人が自殺によって命を絶たれた。

 

「もう思い残すことはない」

ということだったのだろうか?

「幸せ」の裏に隠された闇があったのだろうか?

 

それは外から詮索することではない。

 

それよりも、いちばん年下のお孫さんはまだ中学生のはずだ。

お孫さんだけでなく、ご家族みんなに想像できないほど深い傷跡が

このあとずっと消えることなく残ることになるだろう。

 

やはり宗教的なご職業だからなのだろうか?

いや、そんなことはあってはならないことだ。

 

私にはその「傷跡」そのものがその人の存在であるように思えてならない。

人は「肉体」や「精神」として存在するのではなく、

それは目に見える「結果」でしかなく、

ほんとうはそのような「心の傷跡」として存在する

そんな気がした。

 

明日はお通夜に参列する予定だ。

センキョコーホー

ニュースを見ていると、選挙のことばかり。

ふと思った。

選挙で候補者が語ること、政党が語ることは、

香具師と同じ

なんじゃないかと。

落語でしか聞いたことがないけど、

あの

蝦蟇の油売り

あれと同じだな、と。

 

この現代になっても、

ネットでパチモンをつかまされることは多い。

それを防ぐためにみなさんは買おうとする商品について

ネットでいろいろ調べたりしないだろうか?

 

パチモンをつかまされたとて、被害額はしれいている。

でも、「選挙」となると、被害が起こった場合、その大きさは計り知れない。

 

だから、

総務省さんは、選挙公報に候補者の言い分だけじゃなく、

その言い分に対するデメリット

も対照して載せていただきたい。

そう思うのである。

 

お役人さんがお忙しいとおっしゃるのなら

あのTVのコメンテーターたちを寄せ集めて

やらせたらどうだろか?

(そうすれば、この期間にろくでもないシロウトに毛が生えただけのような

意見を述べるしたり顔の奴らの顔を見る不快からも逃れられるかもしれない)

 

現代の有権者は「自分で調べる能力」を持ち合わせているのかもしれない。

でも、そういう面でいちばん進んでいると思っていた国で、

あんな人が大統領に選ばれてしまっているのだ。

 

ましてや、TVの報道を鵜呑みにする年寄りがどんどん増え続けている。

TV等のメディアは今や

「自分の主張に合った」候補者に都合のいいような情報を

タレ流すのが当たり前になっている。

 

だからそういう人たちに、

デメリットを教えてあげてほしい。

 

日本だってそういう面では、

政治被害

の先駆けだったわけだし。