The King Has Donkey Ears

從心底大喊真心話

Mindfulnessについて考えてみた

同じ状態を指しているはずなのに、

日本では「心を無にする」とか「精神統一」とかいうことを、

英語では「Mindfulness」というようだ。

訳語としては、「マインドフルネス」とカタカナで書くのが一般的で、

そうなってくるとやはり、「違うもの」のようにも思えてくる。

 

そこで考えてみた。

「無」になっているはずなのに、なぜ「ful」なのか?

いろいろ心の中で「たくさん考えろ」というわけでもないだろう。

 

きっと、「無」なのはいいとして、

その状態が「陰圧」だと、いろいろなものを引き寄せてしまって、

安定した状態にならない。

もっと言えば、悪いものがどんどん入ってきて、

不安定にさえなる。

そこで、「常圧」か「陽圧」にせよということなのではないかと。

 

「精神統一」にしても「Mindfulness」にしても、

何らかの形の「アウトプット」を目指して行うものだろう。

だから「陰圧」ではなく「陽圧」にしないと、

「アウトプット」できないよ。

そういうことではないだろうか。

 

いろいろ考えてみたが、

そんなことを考えているとやっぱり「Mindful」にはならないわ。。。